お観音様の先生

出会い

初めてお会いしたのは今から30年ほど前。

当時バイトしていたお店のお客さん(A氏としよう)の紹介だった。直接紹介されたわけではなく、バイト仲間の子が実家に帰省中に撮った写真が何だか妙だ、とA氏に話したのがきっかけで、そんな話に興味津々だった私はそこに便乗して会いに行くことになった。

会いに行く前に、A氏がその写真を預かり、お観音様の先生に話を聞いてくることになった。数日後、A氏が店にやって来て、仕事帰りに写真の経緯を彼女と私に話してくれた。

写真にはその子しか写っていなかった。しゃがんでカメラを見ている。表情は笑顔でもなく無表情でもなく、どちらかというと不満げな不穏そうな負の要素が伝わってくる。しかも煙に巻かれている。彼女はたばこを吸わない。周りに火の気も無かったそうだ。

先生いわく、ご親戚に野垂れ死にしている人がいる。その人は犬が嫌いだった。犬を手なずけようとしたけれど吠えられたので、道連れにした。その犬の霊が移っている。

そんな内容だったが、彼女の話で裏付けされる。

放浪癖のあるおじさんがいた。今はどこにいるか知らない。ある晩のこと、薄気味悪い口笛が聞こえていて、飼っている犬がずっと吠えていた。数日後に飼い犬が死んでしまった。

何とも不思議な話だった。自分に起きた事ではないけれど、写真だけでストーリーが見えてしまう先生をすごいと思い、すぐに会いたくなった。そしてA氏に連れられて彼女と共に会いに行った。

立派なマンションにお住まいだった。通されたのはリビングで、他にも何組かお客さんが談笑しながら順番待ちをしていた。テーブルにはお赤飯やおかずが何品か並べられていて、ご供養だからお皿にとって召し上がれ、と勧められた。順番を待っている間にいただいた。美味しかった。そこにくるお客さんはとても特徴的な方が多く、じっと見つめてくる人もいて気になった。

順番がきて、お観音様の部屋に通された。四畳半ほどの狭い部屋だった。大人4人がひざを突き合わせて座っているのだからそう感じるのも無理はない。お観音様はお堂の奥にいて扉がほんの少し開いている程度だったからよく見えなかった。想像していたよりは小さな感じだった。先生は女性で、当時は50代だったろうか?中肉中背の美人だった。本当にお綺麗で、若かりし頃の上皇后陛下によく似ていた。上品な感じではあるけれど、お手伝いの人にはきつい言葉で叱っていた。やさしさの中にきりっとした緊張感のある方なのだなという印象だった。

「何? あ、写真のね。取ってあげる。」先生はそう言って、長いお数珠にフッと息を吹き付けて何かを唱えながら、写真の彼女の頭頂から膝までそのお数珠をたたきつけるように掛けて、最後に「ええいっ!!」と力を込めて肩をたたいた。「さ、いいわよ。」と何もなかったかのようにさらっとお払いが済んだ。私も見ていただきたい、だけどただくっついて来ただけだから遠慮して言い出せずにいた。

「あなたは? あなたにも掛けてあげる。 前にいらっしゃい。」嬉しさと恐ろしさとが交差した気持ちでお願いした。彼女と同じようにお数珠を掛けてもらった。「あなたに・・・ま、いいか。あなたね、もう少し結婚を意識しなさい。年頃なんだから。」先生が何かを言いかけてやめてしまった内容が気になったが、結婚を意識しろとは^^; その頃の私はと言えば、おしゃれに何の興味もなく、服は着ていればいい程度にしか考えておらず、お化粧なんてしたこともなかった。新聞も本も読まず、今以上にダメダメだった。一言だったけれど嬉しかった。

後日談で、夏休みに写真の彼女の実家に遊びに行った。一連の写真の出来事を家族に話したところ、やはり放浪癖のあるご親戚はお亡くなりになっていたそうで、旧盆ということもあり、お墓参りを済ませてきたそうだ。ご成仏してください。

これを機に30年近く先生と付き合うことになる。良いことも悪いことも全て。

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